千歳・大石法律事務所は横浜・関内の法律事務所です。

横浜・関内 千歳・大石法律事務所

(これからお話しするストーリーは手続を説明するためのフィクションであり、「ミナト木材加工株式会社」も特定の会社を想定したものではありません)

イントロダクション

A氏の場合①

A氏の場合②

A氏の場合③

A氏の場合④

A氏の場合⑤

A氏の場合⑥

A氏の場合⑦

A氏の場合⑧

A氏の場合⑨

A氏の場合⑩

弁護士は説明をしながら委任状を読み上げた後、

「まだ他に分からないことはありませんか?」

とA氏に話しかけた。

A氏は、委任契約の内容については良く理解したが、最後に1点確認しておきたいことがあった。

従業員のことである。

「それで先生。最後に確認したいのですが、従業員はどうなるんでしょうか?」

弁護士は委任契約書が書かれた書面を脇において、おもむろに話し始めた。

「従業員の皆さんには最大限配慮しなければなりません。ここまで会社をもり立ててくれたのは他でもない従業員のお陰ですからね。」「特に給与の点ではこの状況であっても優先的に支払う必要があります」

「破産手続においても、給与債権は破産手続開始3か月前までのものについては最優先の債権である財団債権とされており、それ以外のものについても優先破産債権となり、他の一般破産債権よりも優先して配当を受けることができます。」

「ただ」

「ただ?」

「給与債権は破産手続き上財団債権又は優先破産債権であるとされますが、支払うべき財産が十分でない状況で給与を支払ってしまうと、その効果を破産管財人に否定されてしまうこともあります。」

「ですので、給与の支払いをする場合は、会社に営業が終了したとしても、それらを支払えるだけの十分な資力がある必要があります」

「今なら何とか解雇予告手当も含めて給与を支払うだけの余力はあります」

「それで、解雇はいつのタイミングでするのでしょう。とても心苦しいです」

「一般には、事業を停止した日に行われますが、売上が発生する業務が仕掛かりとして残っているような場合は少し解雇を遅らせることがあります」

「1月30日に全ての製品の納入が終了します。もう少し待てば新たな発注もあるかも知れませんが、私としてはこのタイミングで事業を停止し、この日に工場の稼働を停止しようと考えています」

「分かりました。それでは1月30日に営業を停止することとし、同時に従業員の解雇を通知することにしましょう。」

「今後の支払いはどうしますか?」

「少なくとも業務停止後の支払いは、破産管財人によってその効力を否定されることになります。そうでなくても、今の段階での支払いは破産手続き上問題がありますので、控えて下さい」

「そうすると、業者から色々と督促の電話や手紙が来て大変です」

「私から今回の手続について弁護士が受任したことを内容とする受任通知を各債権者に送ります。その後は専ら私宛に連絡が行くことになりますので、一つ一つ対応する必要がなくなりますよ。ただ、それでも連絡をしてくる業者はいますし、そもそも受任通知を送付すると破産手続に入ることが知れることになるので、通知のタイミングについてはこれから相談しましょう」

「個人の破産の件も含めて、他に分からないことがあったら、教えていただけますか?」

「もちろんです。今までは一般論が中心でしたが、今後は具体的な事情に即してお話しができると思いますよ」

A氏は委任契約書に記名捺印をした。その後、予め依頼されていた書類一式を弁護士に渡し、ひとしきり話をした後に事務所を出た。

その後A氏は、会社に戻り、監査役に破産手続に移行することを伝えた。

監査役のC氏は、最初驚いた様子であったが、会社の財務状況や損害賠償請求の話については十分A氏と話し合っていたことから、その全てを受け入れ、破産手続に協力することに同意した。

1月30日を迎えた。

次に続く


(これからお話しするストーリーは手続を説明するためのフィクションであり、「ミナト木材加工株式会社」も特定の会社を想定したものではありません)

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A氏の場合①

A氏の場合②

A氏の場合③

A氏の場合④

A氏の場合⑤

A氏の場合⑥

A氏の場合⑦

A氏の場合⑧

A氏の場合⑨

10 決断

A氏は、再び弁護士事務所の元を訪ねた。一昨日と同じように愛想の良い事務員が会議室まで通してくれた。

遠くで弁護士が何かを話している声が聞こえたが、何を話しているかは分からなかった。

5分程して弁護士が少し笑みを浮かべながら会議室に現れた。

「いらっしゃい。少し遅れてごめんね。ネットであなたの会社のことを調べてたのでね。」「で、どうする?」

A氏は2日間家族と相談し、税理士と相談し、数少ない会社内の事情を知っている社員と相談した。少しでも会社の存続の可能性があればどんな手段を使ってでも存続させたかった。

ネットでも色々なことを調べた。商工会議所の職員にも電話し、中小企業再生支援協議会の存在も教えてもらった。国税当局との交渉で滞納税金の減免がはかれないかも考えてみた。

その他、民事再生手続や会社更生なども考えた。

しかし、会社は元々収支がとんとんの状況であり、少しでも収入が滞ったらすぐにでも資金繰りがショートする綱渡りの状況であった。これは税理士からも度々指摘されていた。事業の多様化なども検討してみたが、売上げが住宅メーカーからの受注次第という構造的な問題を解決するには足りなかった。なにより、税金の滞納はいかんともしようがなかった。

今なら、何とか従業員に対しては少なくとも予告手当を含め、給料を支払うことはできる。しかし、来月になると、そうもいかない。破産手続を選択するには今しかない。家族の理解もある。

「破産することに決めました。ついては、これからの手続を教えて下さい。」

弁護士は、まっすぐとA氏の目を見ながら話した。

「分かりました。重大な決断ですね。色々と考えたのでしょう。」「家族への説明は大変だったのではありませんか?」

「大変というより、拍子抜けでした。むしろ、自分自身が迷っていたことがわかっただけでも収穫でした。」「家族にはむしろ背中を押してもらえました。生活をこれからどうするかについて具体的に考えるきっかけにもなりました。」

「そうですか。理解のあるご家族でよかったですね。手続が進むに連れて理解を示してくれる家族もいるのですが、最初の説明は難儀ですからね。」

「ところで、あなたは会社の負債の連帯保証人になっていますね。」

「はい。これも決断を迷わせる理由の一つでしたが、今は覚悟を決めています。私自身も破産します」

「他に連帯保証人になっている人はいませんか?また、あなたや、会社に対して貸付をしている親族や知人はいませんか?」

「私が会社に貸付をしている形になっているものはありますが、親族や知人から借入をしているといったことはありません」

「親族や知人といった私人から借入をしている場合、破産手続において少し丁寧な対応をする必要がありますからね。いないということであれば大変結構なことです。」

「また前回の相談で、できるだけ内密にという話をしましたが、それは守られていますね。」

「私の腹心の部下にしか話していません。従業員には話していません。申し訳ないのですが」

「確かに心苦しいですよね。ただ、ここで破産手続の話をしてしまうと、情報が千里を走ります。債権者が回収に来たり、差押のきっかけになってしまいます。また、従業員も不安になり、営業を継続できなくなる可能性があります。売掛金の回収ができなくなることは避けないといけません」

「そうですよね。最初はよく分かりませんでしたが、実際そういう立場になってみると先生のおっしゃっていることはよく分かります。」

弁護士は書面に目を向けていたが、再び視線をA氏に向けた。

「では最初に何をするかを説明します。まずは、私と委任契約を締結する必要があります。」「委任契約とは、弁護士である私とミナト木材加工株式会社代表取締役であるあなたとの間で、法律業務を委任することを内容とするものです。今回であれば、破産手続に関する法律事務ということになります。」

「法律事務とはどこまでを含むのですか?」

「具体的には、破産手続開始申立の手続一切、例えば申立書の書類作成、必要な資料の準備、申立にかかる裁判所との折衝などがあります。次に、破産手続開始決定後の手続一切、例えば債権者集会への立会い、破産管財人との打合せへの立会い、管財人から依頼された資料の準備、報告書等の書面の作成、新たな債権者が見つかった倍の破産管財人への報告、書面作成、建物明渡の立会い等多岐にわたります。」

「色々と多くてすぐには分かりませんが、要するに破産手続について最初から最後まで面倒を見てくれるということですかね?」

「おおざっぱに言えばそうです。ただ、何でも全部ということではないですよ。例えば書類などの所在を知っているのは、あなた自身ですよね。また、事情を説明したり、債権者集会での発言を求められたりした場合は、あなた自身が話さないといけません。もちろん、こうした場合に備えて十分にアドバイスはしますが、全てを任せてOKということではないので、念のため」

「分かりました。」

「次に大事なことを言います。破産手続の委任業務に関する報酬つまり手数料です」

「会社つまり法人の破産手続についての手数料ですが、私の事務所では概ね100万円を基準として考えます」

「修正要素としては、法人に留保されている財産の額、債権者の数、債権総額、ようするに手続の煩雑さを勘案します。ただし、手数料の額については、代表取締役つまりあなたに対して十分に説明をした上で、決めることになりますので、ご安心下さい。また、この手数料は破産手続が裁判所にかかったあと選任される破産管財人からもチェックを受けることがあります。」

「本件については、すでにいただいた資料からすると、 製造業の性質上機材や材料の処分等若干の「力仕事」が必要ではありますが、債権者の数も平均的、金融機関が主たる債権者であること、法人としての財産も売掛残を含めても多額とまでは言えないこと、などを考えると、特別手続が煩雑であるとは言えないので、基本の金額である100万円を基準に考えたいと思っていますが、いかがですか?

「いまここで払わないと行けないですか?」

「今ここで払う必要はありません。会社の財産状況がはっきりした時点で、破産手続の申立に支障がない前提でいただきます」

「分かりました」

「他に質問がありますか?分からないことがあれば何でも聞いて下さい」

「手数料については分かりました。他にどんな費用がかかりますか?」

「法人の破産については、他に申立にかかる実費、例えば全部事項証明書、つまり謄本の取りよせ等の行政文書の取りよせにかかる費用、裁判所に払う印紙や預ける郵券といった純粋な実費がかかりますが、最終的には実費と代理人手数料を差し引いた残額は全て裁判所に財産として申告する必要があります」

「また、予納金として最低20万円は預けないといけません。このあたりのやりくりも破産手続の申立には必要ですね」

「あの、、つかぬことをお伺いしますが、弁護士報酬には着手金と報酬があると聞いているのですが、今回も事件が終わったら報酬が発生するのですか?」

「これは事務所によりますが、私の事務所では、法人は破産が終了したら法人格自体がなくなってしまうということで、報酬を頂戴しない方針としています。つまり、破産手続については手数料をいただいたら、他の報酬関連の支出はないとお考え下さい」

「よく分かりました。ただ本件では、住宅メーカーから損害賠償請求がなされましたよね。これを争って売掛金を回収するということになった場合はどうなりますか?」

「これは別事件になりますので、もしも会社を続けていく前提で提訴するなどする場合は別に着手金と報酬が発生しますが、今回は会社の存続を前提としないので、原則としては破産手続の中で処理されることになろうかと思います。」「何か分からないことがあったら、途中でもいいのでいつでも質問して下さい」

「分かりました。それでは先生に法人の破産手続と私自身の破産手続をお願いしたいと思います」

「承知しました。それでは、今から委任契約書と委任状を作ってきますので、少しお待ちください」

弁護士は、会議室を一旦退出し、委任契約書と委任状を持って再び戻ってきた。

「それでは、委任状を読み上げますね。重要なことが書いてあるので、一つ一つ説明しながら読みます。何かあったら何でも質問して下さい。」

弁護士はそう話すと、「委任契約書」と書かれた紙をA氏に示し、順番に読み上げをしていった。

次に続く


(これからお話しするストーリーは手続を説明するためのフィクションであり、「ミナト木材加工株式会社」も特定の会社を想定したものではありません)

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A氏の場合①

A氏の場合②

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A氏の場合④

A氏の場合⑤

A氏の場合⑥

A氏の場合⑦

A氏の場合⑧

9 税理士への相談

翌日、A氏は、毎年確定申告を依頼している税理士事務所に向かった。

税理士は、長年格安で会社の確定申告を請け負ってもらっていた古くからの知人であった。

決算期でもないのに突然事務所に現れたA氏の姿を見て税理士は少し驚いた様子であったが、A氏から会社の資金繰りの話を聞いて、全ての合点がいったようであった。

税理士は、もともと、ミナト木材加工株式会社の滞納税金について問題意識をもっており、度々A氏に対して滞納の解消をアドバイスしていたのである。

A氏は、税理士に対し、破産手続にあたって準備しておいた方がよい書類について聞いたところ、税理士は、

「帳簿」としては、①総勘定元帳、②仕訳帳、③現金出納帳、④売掛金元帳、⑤買掛金元帳、⑥固定資産台帳、⑦売上帳、⑦仕入帳などがあること。

「書類」としては、①棚卸表、②貸借対照表、③損益計算書、④注文書、⑤契約書、⑥領収書などがあること。

その他に、①賃金台帳、②出勤簿、③労働者名簿なども重要であること。

破産手続の際には、おそらくこれらの提出が求められるであろうから、会社として事前に準備しておくようにと話した。

A氏は会社に戻り、会計担当社員と内密に話をしながら、必要な書類を揃え、明日の弁護士との相談に備えた。

多くのことが一度にばたばたと決まっていくことにA氏としては不安がないわけではなかった。ただ、決断が遅れることによる事態の悪化だけは避けたいとの一心で、経営者としての責任から、一晩掛けて書類を準備した。

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(これからお話しするストーリーは手続を説明するためのフィクションであり、「ミナト木材加工株式会社」も特定の会社を想定したものではありません)

イントロダクション
A氏の場合①

A氏の場合②

A氏の場合③

A氏の場合④

A氏の場合⑤

A氏の場合⑥

A氏の場合⑦

8 家族への説明

A氏は事務所を出た後、まっすぐ自宅に向かった。

A氏は家族に説明すべき内容を頭の中で整理した。

会社の資金繰りが月末でショートする可能性があること。このままでは、会社の破産も検討しなければならないこと、等々。

自宅に着くと、いつも通り妻が玄関で出迎えてくれた。

いつも通りの帰宅風景。

「ただいま」

「おかえり」

娘はまだ帰宅していないようである。

A氏は、リビングのソファに腰を下ろした。妻が近づく。

異変を察した妻が「どうしたの?」と声を掛けた。

「実は、、」

「え?」

「会社がまずいんだ」

「まずいって?」

「会社がつぶれそうなんだ」

「どうして?」

「資金繰りが、、」「資金繰りがショートしそうなんだ」

「え?」「どういうこと?」

「月末まで持たないかもしれない、、」

「どうして?」「だって先月だって、ちゃんと従業員に給料は払っていたよね?」「去年だって、従業員を連れて三渓園でお花見をしたよね?」「それで、どうして?」

「話せば長くなるけど、客先から売掛金を支払わないという通知があったんだ。」

「銀行からお金を借りたりとかできないの?」

「その可能性はあるけど、客先は大口のお客さんで、取引の停止を通告されてる。」「それに、、」

「それに?」

「税金の滞納もかなりある」「差押を受けるかも知れない」

「差押を受けたらどうなるの?」

「銀行取引を続けていくことは難しい。完全にアウトだ」「そうなるまえに、、」

「そうなるまえに?どうするの?」

「従業員や家族のことを考えると、、」

A氏は少し口ごもったが、思い直した。これは、従業員や家族、そして債権者のためのことなんだと。

「いまこの時期に破産するしかないと思ってる。」

妻は少し驚いた様子であったが、真顔で、

「仕方がないんだよね」「それなら仕方がないじゃない?」「あなたが決めたことなんだから」

A氏は妻に感謝した。拍子抜けする自分に安堵した。

「今後のことだけど、会社の債務について僕が連帯保証人になっているよね?」

「で、その連帯保証債務について、自宅に抵当権が設定されている」

「今の自宅の価格では連帯保証債務は支払えない」「つまり、、」

「つまり?」

「僕も破産しなければならないと思う」

さすがに妻も驚きを隠せなかったが、経営者として、責任を取る場面であることくらいは理解してくれたようであった」

「あなたが破産しなければならないことも分かったけど、これからの生活はどうするの?大学の費用は?」

「どこかで働かなければならないよね。しばらくは破産の準備をしなければならないので、中々難しいけど、破産手続の申立をしたらすぐにでも仕事を探しに行くから、、」

A氏は破産したあとのことについてはよく考えていなかったので、妻からの問いかけに動揺した。

「でもこうなったら何とかしていくしかないよね?私もこれまでのことで色々とあなたに感謝しているから、その恩返しといっては何だけど、働こうかな」

A氏は妻の言葉で少し冷静になった。それで自分の強みは何なのか、改めて考えてみようとした。

自分の強みとは、やはり木材加工か?

木材加工と言えば、いくつか取引先のつてがあるな。それなりに多くの関係者を知っていることも強みだな。業界の慣習も分かってる。

A氏は少し前向きな気持ちになった。気を取り直して、妻に話を続ける。

「破産をしたら、おそらく自宅を手放さなければならない。当面の生活費の工面も必要だ。また改めて弁護士に相談に行くので、今後の方向性について詳しく話を聞いてくるからね」

妻は小さく頷いた。

次に続く