千歳・大石法律事務所は横浜・関内の法律事務所です。

横浜・関内 千歳・大石法律事務所

当事務所は、法人・事業者の破産申立を数多く担当してきた実績があります。

また、法人・事業者の破産手続に関する破産管財人も、これまで多くの事例を担当してきており、破産の申立から破産手続開始決定後の手続についても多くのノウハウを有しております。

第1 当事務所の法人・事業者破産申立に関する基本的なスタンス

1 代表者との打合せを重視します。

 法人・事業者の破産手続は殆どの人が初めての経験であり、不安になるのが当然のことです。

 しかし、不安になる理由の多くが、将来のことが見通せないことにあり、その背景には情報不足があります。

 そこで、当事務所では、現状分析、将来の見通し、リスク等を丁寧に説明し、全般を理解してもらいながら、手続を進めて行くことを基本的な方針としています。

 なぜ、この書面を提出する必要があるのか、破産管財人はどうしてこのような発言をしたのか、債権者からの書面の意味は何か、それにはどのようなリスクがあるのか、について、一つ一つ納得しながら手続を進めて行くことで、代表者のみなさんの不安を少しでも軽減できるように努力いたします。

2 できる限りの迅速な申立を目指します。

 破産をする決意をしてから、破産手続の申立までの期間が長くなればなるほど、代表者やその他の関係者のストレスは増幅します。また、支払い停止後の会社については、財産をできるだけ保全し、これを破産管財人に引き継ぐことが求められますので、申立が遅延すると、その間の財産逸失のリスクが増えることになります。

 そこで、当事務所は、できる限りの迅速な申立を目指します。

 もっとも、債権回収が完了していない場合であるとか、訴訟手続が未完了である場合、その他種々の事情により、破産手続の申立が遅れる場合もありますが、この場合でも、なぜ手続が遅れるのかについての説明を十分にいたしますので、ご安心下さい。

3 申立から破産手続終了まで一貫した支援体制を保障します。

 破産手続は、申立までが一つの山ですが、それだけでは当然終わりません。手続開始後、手続が終了するまで、申立までの労力と同程度、場合によってはそれよりも多くの労力が必要となる場面もあります。

 この点、当事務所は、破産管財人の経験を多く有しており、裁判所や破産管財人の意図などを十分に理解した上で、適切な対応をとることが可能ですので、破産手続開始決定後も一貫した支援体制を構築することが可能です。

第2 依頼にあたって

1 法律相談の申し込み

 法律相談については、以下のリンクからお申し込みください。

法律相談フォーム

2 法律相談について

 法律相談につきましては、弁護士が、法人・事業者の事業内容から現在の資金繰り状況、債権者の状況や財産等についてお伺いいたしますが、詳しいところは改めての相談でお伺いしますので、手ぶらでお越しいただいても結構です。

 なお、実際に法律相談でどんなことを聞かれるのか、これからどんなことになるのか、について不安をお持ちになる方も多くおられますので、当事務所の代表がストーリー仕立てで破産手続の相談から申立までの流れを記しました。

 会社や事業の経営が苦しくなったら(A氏の場合)

 まず、このストーリーをお読みになってから当事務所にお越しいただければ、事務所の雰囲気を知ることができると思います。

3 事件の依頼

 まず始めにお伝えいたしますが、当事務所に対する法律相談が、即破産手続の申立やその前提となる委任を意味するものではありません。

 それぞれの法人・事業者にはそれぞれの事情があり、十分な話を聞かなければ破産相当かを判断することはできません。そもそも、資金繰りの次第によっては、任意整理や追加借入による救済の途もありますし、民事再生やその他の手続を適用する場合もあるでしょう。

 つまり、法律相談をしたからといって、そこですぐに何らかの決断が求められるわけではありませんので、ご安心下さい。

 以上のとおりでありますが、皆さまからの事情聴取を踏まえて、本件で破産手続を選択するしかないとなった場合は、率直にそのような意見を皆さまにお伝えした上で、手続を選択した場合の流れ及び予想される費用、時間、手続上のリスクについてご説明いたします。なお、当事務所では、原則としてその場で決断を求めたりすることはありません。なぜなら、初めて相談に来られた時点では精神的にも参っている方が多いですし、情報が一度に与えられると冷静な判断ができない場合が多いと考えるからです。

 そこで、改めて相談日程を調整しますので、それまでに家族や他の関係者に相談するなどしてください。もちろん、その間、電話いただければ質問にお答えいたしますので、ご不安な点がございましたら、なんでもお問い合わせください。

 このようにして、破産手続を選択することになった場合は、委任契約書を作成し、受任という形になります。

 なお、破産に関する費用については、ストーリーでは、日弁連の旧報酬基準(強制ではありませんが、今でも一般的に用いられている基準です)を基準に弁護士が説明していますが、事例によっては異なる費用となる場合もあります。どの場合でも十分な説明をいたしますので、ご安心下さい。

4 最後に

 当事務所の代表弁護士は、これまで、「失敗した人に再チャレンジの機会を」を目指して弁護士業務を続けてきました。

 誰もが長い人生の中で多かれ少なかれ失敗や挫折をします。しかし、我が国では、こうした失敗や挫折に対しておおらかではないように感じます。

 特に破産については、「世間体」という言葉でも表現されるように、ネガティブなイメージがつきまといがちです。

 こうしたイメージに対して、破産を再チャレンジの機会と捉えることで、前向きに捉えることはできないか、 前向きな意識をもつことで、少しでも心の解決に 近づけないであろうか、というのが、代表弁護士の思いです。

 もちろん、実際の破産手続は理想とは裏腹な部分はあり、精神的にも大変な部分がありますが、このような当事務所の基本スタンスに少しでも共感できる部分がありましたら、法律相談にお申し込みいただければと思います。

法律相談フォーム

  


(これからお話しするストーリーは手続を説明するためのフィクションであり、「ミナト木材加工株式会社」も特定の会社を想定したものではありません)

イントロダクション

A氏の場合①

A氏の場合②

A氏の場合③

A氏の場合④

A氏の場合⑤

A氏の場合⑥

A氏の場合⑦

A氏の場合⑧

A氏の場合⑨

A氏の場合⑩

A氏の場合⑪

A氏の場合⑫

12 破産手続の申立

A氏は、従業員に解雇の通知をしたあと、経理担当の役員とともに社長室に戻り、しばらくしてから弁護士が部屋にやってきた。

「従業員の解雇は滞りなくできましたか?」

「どのように受け止められたかは分かりませんが、用件だけは伝えることができました」

「私も心配だったので、いつでも会社に行けるように近くで待機していたのですよ。とりあえず混乱はなかったようですね」

「混乱はありませんでしたが、正直つらかったです」

「心中お察しいたします。でも、そのような状況でも、社長としての職責を全うできたのですよね。尊敬いたします。」

A氏には涙があふれた。しかし、涙を拭く間もなく、A氏にはやらなければならない仕事があった。

まずは、弁護士から指示されたとおり、受任通知を送付する金融機関や売掛先等の債権者の整理をし、未払公租公課を抽出した上で、それをエクセルのファイルにまとめた。

また、集金が済んでいない買掛先のリストもファイルにまとめた。

従業員の一覧表や、出勤台帳等の書面もパソコンから打ち出した。

経理担当の職員に依頼し、従業員の離職票の作成にもとりかかった。

次に、工場に移り、置かれている什器備品、機械の目録を作成した。多くは決算書に記載のあるものだったが、中には記録から漏れている機械もあり、その特定には苦労したが、困っている社長を助けようと、少しずつ従業員が手をさしのべてくれたお陰で、何とか、その日のうちに目録の作成が完了した。

その他、金庫から、建物の賃貸借契約書や会社名義の預金通帳、代表者印等の印鑑類を取り出した。

パソコンは、リース契約であったので、このままではリース会社にパソコンが回収されてしまい、データが消えてしまう虞があった。そのため、経理担当の従業員がマニュアルを片手に、会計ソフトのデータを取り出す作業を行った。

一通り書面の整理をしたあと、A氏は取締役である妻に社長室に来て貰った。

そして、妻に、本日会社の営業を終了すること、破産の申立を行うことを改めて伝え、決議をした上で、取締役会議事録の作成を行った。

翌日、整理した書類や印鑑等の重要書類、議事録等を持参の上で、経理担当の従業員を伴い再び弁護士事務所に向かった。

弁護士と協議の上で、破産の申立は2月20日に行うこととし、2月1日には、各債権者に受任通知を行うこととした。

その後、弁護士とは、連日連絡を取り合いながら、破産手続開始決定申立書やその付属書類、証拠書類等の準備を行った。

A氏はこれまで精神的に行き詰まっていたが、弁護士から言われたとおりに書面の準備を行い、連日弁護士と打合せを行い、質問などに答えたりするうちに、少なくとも、バックギアからニュートラルくらいには心の切替ができるようになっていた。

当初は、書面なども色々と作らなければならないのではないかと思っていたが、大半の書面は弁護士と勤務弁護士が作成してくれるので、ほんの一瞬ではあるが、会社のことから離れることができることが嬉しかった。

A氏は僅かではあるが心の余裕ができたので、知り合いに電話をするなどして、従業員の再就職先などの情報収集なども行うようになった。

A氏としては特別な感情をいだくこともなく、 申立書の提出予定日である2月20日が到来した。

「これから、裁判所より破産手続の開始決定が出ます。そして、裁判所より、破産管財人が選ばれます。実はここからが後半戦になります。気を引き締めてやりましょう。」

破産管財人によっては、厳しい追及がなされる場合があるとも噂で聞いていたので、A氏としては、その点だけが不安であった。

(前半終わり)。


(これからお話しするストーリーは手続を説明するためのフィクションであり、「ミナト木材加工株式会社」も特定の会社を想定したものではありません)

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A氏の場合①

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A氏の場合⑧

A氏の場合⑨

A氏の場合⑩

A氏の場合⑪

11 従業員への説明

1月30日午後5時30分、A氏は、工場建物の2階にある会社の会議室に従業員を集めた。

「皆さんにお知らせしなければならないことがあります。」「我が社はこれまで長きにわたって、木材の製造加工を続けて参りました」

従業員がざわめいた。いつもと違う言葉が続いたからである。

「ところが、昨今の経済状況により、我が社の売上げは徐々に減って参りました。それは皆さんもうすうす分かっていたことと思います。」

「これまでは、借入を増やし、会社にあった資金を少しずつ食いつぶしながら、やってきました。何とかなるはずだと。」

「でも、税金の滞納も重なり、客先からも損害賠償が来るなど、将来に向けての営業の見通しがたたなくなりました。」

「そこで、突然で申し訳ないのですが、本日をもって我が社の営業を終了し、会社を破産させることにしました。」

「すでに、弁護士の先生に破産手続を依頼しており、予定としては、来月には破産の申立を裁判所にする予定です。」

「なお、本日付をもちまして、皆さんを解雇いたします。これまでの給与及び解雇予告手当はお支払いたします。」

「また、離職票等、必要な書類も滞りなくお渡しいたします。」

「以上のとおりになりますが、社長の私から一言お話しいたします。」

「日本の産業構造の変化、景気の悪化もありますが、ひとえに責任は経営者である私にあります。先代から事業を引き継いでこれまでやってきましたが、このようなことになってしまい、皆さんには大変申し訳ございません。」

A氏はこのように述べて、頭を下げた。

従業員は一様に驚いた様子であったが、突然の言い渡しに、理解に時間がかかっている様子であった。ベテランの従業員が口を開いた。

「社長。私たちの生活はどうなるんですか?退職金はどうなるんですか?」

「退職金については、中退協から支払われる分については、保障されますが、現段階ではそれ以上の支払いはお約束できません」「なお、未払い給料や退職金は、一定の条件の下で未払賃金立替払制度の適用がありますし、破産手続になった後、他の債権よりも優先して支払われる余地がありますが、今の資金繰りではどこまで支払いができるか・・・」

A氏は、そう話しながら少し言いよどんだ。ベテランの従業員は黙って聞いていた。納得をしていないことは見ても明らかであったが、仕方がないという従業員の空気に押されたのか、再び口を開くことはなかった。

「営業は今日で終了です。建物の明渡しなどもありますので、皆さんは、今週末までに私物を持ち帰って下さい」

従業員は一同無言で荷物を片付け始めた。

しばらくしてから、従業員の一人がA氏の元に近寄ってきた。

「社長。大変でしたね。私、会社のことに本当気が付かなくて。申し訳ありませんでした。これからまたどこかで会える日を楽しみにしています」

A氏 は涙を抑えられなかった。

次に続く


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A氏の場合⑨

A氏の場合⑩

弁護士は説明をしながら委任状を読み上げた後、

「まだ他に分からないことはありませんか?」

とA氏に話しかけた。

A氏は、委任契約の内容については良く理解したが、最後に1点確認しておきたいことがあった。

従業員のことである。

「それで先生。最後に確認したいのですが、従業員はどうなるんでしょうか?」

弁護士は委任契約書が書かれた書面を脇において、おもむろに話し始めた。

「従業員の皆さんには最大限配慮しなければなりません。ここまで会社をもり立ててくれたのは他でもない従業員のお陰ですからね。」「特に給与の点ではこの状況であっても優先的に支払う必要があります」

「破産手続においても、給与債権は破産手続開始3か月前までのものについては最優先の債権である財団債権とされており、それ以外のものについても優先破産債権となり、他の一般破産債権よりも優先して配当を受けることができます。」

「ただ」

「ただ?」

「給与債権は破産手続き上財団債権又は優先破産債権であるとされますが、支払うべき財産が十分でない状況で給与を支払ってしまうと、その効果を破産管財人に否定されてしまうこともあります。」

「ですので、給与の支払いをする場合は、会社に営業が終了したとしても、それらを支払えるだけの十分な資力がある必要があります」

「今なら何とか解雇予告手当も含めて給与を支払うだけの余力はあります」

「それで、解雇はいつのタイミングでするのでしょう。とても心苦しいです」

「一般には、事業を停止した日に行われますが、売上が発生する業務が仕掛かりとして残っているような場合は少し解雇を遅らせることがあります」

「1月30日に全ての製品の納入が終了します。もう少し待てば新たな発注もあるかも知れませんが、私としてはこのタイミングで事業を停止し、この日に工場の稼働を停止しようと考えています」

「分かりました。それでは1月30日に営業を停止することとし、同時に従業員の解雇を通知することにしましょう。」

「今後の支払いはどうしますか?」

「少なくとも業務停止後の支払いは、破産管財人によってその効力を否定されることになります。そうでなくても、今の段階での支払いは破産手続き上問題がありますので、控えて下さい」

「そうすると、業者から色々と督促の電話や手紙が来て大変です」

「私から今回の手続について弁護士が受任したことを内容とする受任通知を各債権者に送ります。その後は専ら私宛に連絡が行くことになりますので、一つ一つ対応する必要がなくなりますよ。ただ、それでも連絡をしてくる業者はいますし、そもそも受任通知を送付すると破産手続に入ることが知れることになるので、通知のタイミングについてはこれから相談しましょう」

「個人の破産の件も含めて、他に分からないことがあったら、教えていただけますか?」

「もちろんです。今までは一般論が中心でしたが、今後は具体的な事情に即してお話しができると思いますよ」

A氏は委任契約書に記名捺印をした。その後、予め依頼されていた書類一式を弁護士に渡し、ひとしきり話をした後に事務所を出た。

その後A氏は、会社に戻り、監査役に破産手続に移行することを伝えた。

監査役のC氏は、最初驚いた様子であったが、会社の財務状況や損害賠償請求の話については十分A氏と話し合っていたことから、その全てを受け入れ、破産手続に協力することに同意した。

1月30日を迎えた。

次に続く


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A氏の場合⑨

10 決断

A氏は、再び弁護士事務所の元を訪ねた。一昨日と同じように愛想の良い事務員が会議室まで通してくれた。

遠くで弁護士が何かを話している声が聞こえたが、何を話しているかは分からなかった。

5分程して弁護士が少し笑みを浮かべながら会議室に現れた。

「いらっしゃい。少し遅れてごめんね。ネットであなたの会社のことを調べてたのでね。」「で、どうする?」

A氏は2日間家族と相談し、税理士と相談し、数少ない会社内の事情を知っている社員と相談した。少しでも会社の存続の可能性があればどんな手段を使ってでも存続させたかった。

ネットでも色々なことを調べた。商工会議所の職員にも電話し、中小企業再生支援協議会の存在も教えてもらった。国税当局との交渉で滞納税金の減免がはかれないかも考えてみた。

その他、民事再生手続や会社更生なども考えた。

しかし、会社は元々収支がとんとんの状況であり、少しでも収入が滞ったらすぐにでも資金繰りがショートする綱渡りの状況であった。これは税理士からも度々指摘されていた。事業の多様化なども検討してみたが、売上げが住宅メーカーからの受注次第という構造的な問題を解決するには足りなかった。なにより、税金の滞納はいかんともしようがなかった。

今なら、何とか従業員に対しては少なくとも予告手当を含め、給料を支払うことはできる。しかし、来月になると、そうもいかない。破産手続を選択するには今しかない。家族の理解もある。

「破産することに決めました。ついては、これからの手続を教えて下さい。」

弁護士は、まっすぐとA氏の目を見ながら話した。

「分かりました。重大な決断ですね。色々と考えたのでしょう。」「家族への説明は大変だったのではありませんか?」

「大変というより、拍子抜けでした。むしろ、自分自身が迷っていたことがわかっただけでも収穫でした。」「家族にはむしろ背中を押してもらえました。生活をこれからどうするかについて具体的に考えるきっかけにもなりました。」

「そうですか。理解のあるご家族でよかったですね。手続が進むに連れて理解を示してくれる家族もいるのですが、最初の説明は難儀ですからね。」

「ところで、あなたは会社の負債の連帯保証人になっていますね。」

「はい。これも決断を迷わせる理由の一つでしたが、今は覚悟を決めています。私自身も破産します」

「他に連帯保証人になっている人はいませんか?また、あなたや、会社に対して貸付をしている親族や知人はいませんか?」

「私が会社に貸付をしている形になっているものはありますが、親族や知人から借入をしているといったことはありません」

「親族や知人といった私人から借入をしている場合、破産手続において少し丁寧な対応をする必要がありますからね。いないということであれば大変結構なことです。」

「また前回の相談で、できるだけ内密にという話をしましたが、それは守られていますね。」

「私の腹心の部下にしか話していません。従業員には話していません。申し訳ないのですが」

「確かに心苦しいですよね。ただ、ここで破産手続の話をしてしまうと、情報が千里を走ります。債権者が回収に来たり、差押のきっかけになってしまいます。また、従業員も不安になり、営業を継続できなくなる可能性があります。売掛金の回収ができなくなることは避けないといけません」

「そうですよね。最初はよく分かりませんでしたが、実際そういう立場になってみると先生のおっしゃっていることはよく分かります。」

弁護士は書面に目を向けていたが、再び視線をA氏に向けた。

「では最初に何をするかを説明します。まずは、私と委任契約を締結する必要があります。」「委任契約とは、弁護士である私とミナト木材加工株式会社代表取締役であるあなたとの間で、法律業務を委任することを内容とするものです。今回であれば、破産手続に関する法律事務ということになります。」

「法律事務とはどこまでを含むのですか?」

「具体的には、破産手続開始申立の手続一切、例えば申立書の書類作成、必要な資料の準備、申立にかかる裁判所との折衝などがあります。次に、破産手続開始決定後の手続一切、例えば債権者集会への立会い、破産管財人との打合せへの立会い、管財人から依頼された資料の準備、報告書等の書面の作成、新たな債権者が見つかった倍の破産管財人への報告、書面作成、建物明渡の立会い等多岐にわたります。」

「色々と多くてすぐには分かりませんが、要するに破産手続について最初から最後まで面倒を見てくれるということですかね?」

「おおざっぱに言えばそうです。ただ、何でも全部ということではないですよ。例えば書類などの所在を知っているのは、あなた自身ですよね。また、事情を説明したり、債権者集会での発言を求められたりした場合は、あなた自身が話さないといけません。もちろん、こうした場合に備えて十分にアドバイスはしますが、全てを任せてOKということではないので、念のため」

「分かりました。」

「次に大事なことを言います。破産手続の委任業務に関する報酬つまり手数料です」

「会社つまり法人の破産手続についての手数料ですが、私の事務所では概ね100万円を基準として考えます」

「修正要素としては、法人に留保されている財産の額、債権者の数、債権総額、ようするに手続の煩雑さを勘案します。ただし、手数料の額については、代表取締役つまりあなたに対して十分に説明をした上で、決めることになりますので、ご安心下さい。また、この手数料は破産手続が裁判所にかかったあと選任される破産管財人からもチェックを受けることがあります。」

「本件については、すでにいただいた資料からすると、 製造業の性質上機材や材料の処分等若干の「力仕事」が必要ではありますが、債権者の数も平均的、金融機関が主たる債権者であること、法人としての財産も売掛残を含めても多額とまでは言えないこと、などを考えると、特別手続が煩雑であるとは言えないので、基本の金額である100万円を基準に考えたいと思っていますが、いかがですか?

「いまここで払わないと行けないですか?」

「今ここで払う必要はありません。会社の財産状況がはっきりした時点で、破産手続の申立に支障がない前提でいただきます」

「分かりました」

「他に質問がありますか?分からないことがあれば何でも聞いて下さい」

「手数料については分かりました。他にどんな費用がかかりますか?」

「法人の破産については、他に申立にかかる実費、例えば全部事項証明書、つまり謄本の取りよせ等の行政文書の取りよせにかかる費用、裁判所に払う印紙や預ける郵券といった純粋な実費がかかりますが、最終的には実費と代理人手数料を差し引いた残額は全て裁判所に財産として申告する必要があります」

「また、予納金として最低20万円は預けないといけません。このあたりのやりくりも破産手続の申立には必要ですね」

「あの、、つかぬことをお伺いしますが、弁護士報酬には着手金と報酬があると聞いているのですが、今回も事件が終わったら報酬が発生するのですか?」

「これは事務所によりますが、私の事務所では、法人は破産が終了したら法人格自体がなくなってしまうということで、報酬を頂戴しない方針としています。つまり、破産手続については手数料をいただいたら、他の報酬関連の支出はないとお考え下さい」

「よく分かりました。ただ本件では、住宅メーカーから損害賠償請求がなされましたよね。これを争って売掛金を回収するということになった場合はどうなりますか?」

「これは別事件になりますので、もしも会社を続けていく前提で提訴するなどする場合は別に着手金と報酬が発生しますが、今回は会社の存続を前提としないので、原則としては破産手続の中で処理されることになろうかと思います。」「何か分からないことがあったら、途中でもいいのでいつでも質問して下さい」

「分かりました。それでは先生に法人の破産手続と私自身の破産手続をお願いしたいと思います」

「承知しました。それでは、今から委任契約書と委任状を作ってきますので、少しお待ちください」

弁護士は、会議室を一旦退出し、委任契約書と委任状を持って再び戻ってきた。

「それでは、委任状を読み上げますね。重要なことが書いてあるので、一つ一つ説明しながら読みます。何かあったら何でも質問して下さい。」

弁護士はそう話すと、「委任契約書」と書かれた紙をA氏に示し、順番に読み上げをしていった。

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9 税理士への相談

翌日、A氏は、毎年確定申告を依頼している税理士事務所に向かった。

税理士は、長年格安で会社の確定申告を請け負ってもらっていた古くからの知人であった。

決算期でもないのに突然事務所に現れたA氏の姿を見て税理士は少し驚いた様子であったが、A氏から会社の資金繰りの話を聞いて、全ての合点がいったようであった。

税理士は、もともと、ミナト木材加工株式会社の滞納税金について問題意識をもっており、度々A氏に対して滞納の解消をアドバイスしていたのである。

A氏は、税理士に対し、破産手続にあたって準備しておいた方がよい書類について聞いたところ、税理士は、

「帳簿」としては、①総勘定元帳、②仕訳帳、③現金出納帳、④売掛金元帳、⑤買掛金元帳、⑥固定資産台帳、⑦売上帳、⑦仕入帳などがあること。

「書類」としては、①棚卸表、②貸借対照表、③損益計算書、④注文書、⑤契約書、⑥領収書などがあること。

その他に、①賃金台帳、②出勤簿、③労働者名簿なども重要であること。

破産手続の際には、おそらくこれらの提出が求められるであろうから、会社として事前に準備しておくようにと話した。

A氏は会社に戻り、会計担当社員と内密に話をしながら、必要な書類を揃え、明日の弁護士との相談に備えた。

多くのことが一度にばたばたと決まっていくことにA氏としては不安がないわけではなかった。ただ、決断が遅れることによる事態の悪化だけは避けたいとの一心で、経営者としての責任から、一晩掛けて書類を準備した。

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8 家族への説明

A氏は事務所を出た後、まっすぐ自宅に向かった。

A氏は家族に説明すべき内容を頭の中で整理した。

会社の資金繰りが月末でショートする可能性があること。このままでは、会社の破産も検討しなければならないこと、等々。

自宅に着くと、いつも通り妻が玄関で出迎えてくれた。

いつも通りの帰宅風景。

「ただいま」

「おかえり」

娘はまだ帰宅していないようである。

A氏は、リビングのソファに腰を下ろした。妻が近づく。

異変を察した妻が「どうしたの?」と声を掛けた。

「実は、、」

「え?」

「会社がまずいんだ」

「まずいって?」

「会社がつぶれそうなんだ」

「どうして?」

「資金繰りが、、」「資金繰りがショートしそうなんだ」

「え?」「どういうこと?」

「月末まで持たないかもしれない、、」

「どうして?」「だって先月だって、ちゃんと従業員に給料は払っていたよね?」「去年だって、従業員を連れて三渓園でお花見をしたよね?」「それで、どうして?」

「話せば長くなるけど、客先から売掛金を支払わないという通知があったんだ。」

「銀行からお金を借りたりとかできないの?」

「その可能性はあるけど、客先は大口のお客さんで、取引の停止を通告されてる。」「それに、、」

「それに?」

「税金の滞納もかなりある」「差押を受けるかも知れない」

「差押を受けたらどうなるの?」

「銀行取引を続けていくことは難しい。完全にアウトだ」「そうなるまえに、、」

「そうなるまえに?どうするの?」

「従業員や家族のことを考えると、、」

A氏は少し口ごもったが、思い直した。これは、従業員や家族、そして債権者のためのことなんだと。

「いまこの時期に破産するしかないと思ってる。」

妻は少し驚いた様子であったが、真顔で、

「仕方がないんだよね」「それなら仕方がないじゃない?」「あなたが決めたことなんだから」

A氏は妻に感謝した。拍子抜けする自分に安堵した。

「今後のことだけど、会社の債務について僕が連帯保証人になっているよね?」

「で、その連帯保証債務について、自宅に抵当権が設定されている」

「今の自宅の価格では連帯保証債務は支払えない」「つまり、、」

「つまり?」

「僕も破産しなければならないと思う」

さすがに妻も驚きを隠せなかったが、経営者として、責任を取る場面であることくらいは理解してくれたようであった」

「あなたが破産しなければならないことも分かったけど、これからの生活はどうするの?大学の費用は?」

「どこかで働かなければならないよね。しばらくは破産の準備をしなければならないので、中々難しいけど、破産手続の申立をしたらすぐにでも仕事を探しに行くから、、」

A氏は破産したあとのことについてはよく考えていなかったので、妻からの問いかけに動揺した。

「でもこうなったら何とかしていくしかないよね?私もこれまでのことで色々とあなたに感謝しているから、その恩返しといっては何だけど、働こうかな」

A氏は妻の言葉で少し冷静になった。それで自分の強みは何なのか、改めて考えてみようとした。

自分の強みとは、やはり木材加工か?

木材加工と言えば、いくつか取引先のつてがあるな。それなりに多くの関係者を知っていることも強みだな。業界の慣習も分かってる。

A氏は少し前向きな気持ちになった。気を取り直して、妻に話を続ける。

「破産をしたら、おそらく自宅を手放さなければならない。当面の生活費の工面も必要だ。また改めて弁護士に相談に行くので、今後の方向性について詳しく話を聞いてくるからね」

妻は小さく頷いた。

次に続く


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A氏の場合⑥

7 破産で覚悟すべきこととは?

「今までお話ししたとおり、御社の現在の状況についてお話しを聞く限りでは、破産も一つの可能性として検討しなければなりません。
もちろん、例えば、金融機関から緊急融資が受けられるような場合や、本社工場を売却してある程度の現金が手に入るというのであれば別ですが、融資を受けるだけの時間的な余裕はありませんし、何より本社工場は借地なので、売却することもできませんよね。
むしろ、今は資金繰りがショートする可能性が高いとはいっても、会社は営業しているわけですから、売掛債権の回収によってある程度の現金は確保できます。ですから、今破産を選択すれば、傷口が深くならずに済むかも知れません。」

弁護士は穏やかな目線でA氏に語りかけた。

「破産のメリットはわかりました。ではデメリットは?」A氏はまだ迷っていた。

「デメリットといって良いかは分かりませんが、まず「ミナト木材加工株式会社」がなくなるということですね。この伝統ある会社がなくなること、については気持ちの面で整理が難しいかも知れません。
実は、会社の破産で一番難しいところは、この感情面での心の整理なんです。
ただこの部分をクリアできてしまえば、あとはビジネス、つまりお金の問題ですね」

「お金の問題といいますと?」

「まずは、従業員の解雇に関する問題ですね。解雇は従業員の生活の維持と直結しますから、経営者として適切な対応をしないといけません。」
「次に債権者からのクレームや不平不満が当然出てきます。とれるお金が取れないからですね。特に、御社との取引に重きを置いていた会社であれば、それこそ死活問題ですから、必死です。」
「ただこの問題につきましては、例えば弁護士が「受任通知」を送れば、その弁護士が債権者との間の話を受け止めることになりますので、結果として壁になります。また破産の手続が始まれば、その役回りは破産管財人という立場の人が主に受けることになりますし、「債権者集会」も裁判所の中で厳格な手続にしたがって行われますので、混乱もある程度は押さえられます。そもそも債権者が集会に来ない場合も多いですしね。」

「では、全く心配しなくてもいいんですね?」

「手続上はかなり守られるという意味です。ただし100%ではありません。
債権者にも色々な方がおられますので、弁護士が受任通知を送っても、直接あなたに電話を掛けてくる方はいるかも知れません。
よくお話しをするのですが、最終的にルールであったり、運用であったり、しきたりであったりそういったものを守るか守らないかはその人の自由です。
罰則があったり、損害賠償請求をされる恐れなどがあれば通常はやらないことでも、人によっては、そのようなペナルティーを受け入れてでも、自分のやりたいようにやりたい、と考える人もおられます。
そもそも、ルールや運用に無知な方であれば、そういった逡巡自体もないわけです。」
「これは、今回のようなケースに限らず、紛争全般に当てはまるものです。」

「ということは・・・」A氏は梯子を外されたような気持ちになった。

「心配してますね。でもあなたが心配するような事態は実際にはほとんど起こりません。起こったとしても、例えば代理人弁護士が連絡をして誤解を解消することもありますし、破産手続きを早めることで、リスクを最小限にすることもできます。つまり、一つの手段でだめなら次の手段を選べば良いのです。
大事なのは、一回であきらめないという経営者としての決断力と柔軟性ですよ。」
「他に何かお聞きしたいことはありますか?あなたの目を見ていると、まだまだ聞き足りないという感じがしますね。」

「聞き足りない、というよりは、余りにことが大きすぎて、頭を整理し切れていないんですよ。ほんとどうなっちゃうんだろう。」

弁護士はひとしきりA氏の愚痴を聞いた後、口を開いた。
「それこそが、会社が一つなくなることについての心の整理ですよ。わからなくてあたりまえ。まずは、身近で信頼の置ける人に思いの丈を話してしまったらどうですか?」
そして、弁護士は、椅子に深く腰掛け、おもむろに訟廷日誌を取り出した。
「いずれにしても、会社の重大事ですから、すぐに決める必要はありません。
もっともあまり時間もありませんので、明後日くらいに改めて事務所にお越しください。」

A氏は事務所を出てエレベータに向かった。
A氏は弁護士の話を聞いて少し心が晴れた気がした。しかし、同時に、経営者として最後の決断をすることの意味を考えざるを得なかった。
「ふう。やはり家族には説明しないとな」

次回に続く


(これからお話しするストーリーは手続を説明するためのフィクションであり、「ミナト木材加工株式会社」も特定の会社を想定したものではありません)
イントロダクション
A氏の場合①

A氏の場合②

A氏の場合③

A氏の場合④

A氏の場合⑤


6 「破産」という言葉の持つ意味

木材事業の話が済んだところで、弁護士が口を開いた。

「さて、先週の電話で御社の資金繰りが悪化している可能性についてはわかりましたが、もう少し具体的にどうして資金繰りがおかしくなったのか、お話しをお聞かせ願えませんか?」

「もともと木材加工業界は長く続いた建設不況と安い海外製品に押されて景気が良くない業界だったのですが、当社はそれでも何とかやりくりしてここまでやってきました。それもいくつか先代から続く大口のお客さんがいたからでもあるのですが、先週、突然そのお客さんの一つから代金を支払わないとの通知が来てしまいまして。。」

A氏は言葉を一つ一つ選びながら説明した。

「代金を支払わないとは、大事ですね。相手方の言い分は何ですか?例えば納品の時期が遅れたとか、製品に欠陥があるとか、契約の解除をされたとか、そういったことですか?」

「ええ、そうなんです。当社の納品した住宅資材にシロアリが混入していたということで、客先が私どもに対して損害賠償を請求してきまして、それと代金とを相殺すると主張してきたんです」
A氏は声を絞り出すようにして言った。

「なるほど、よくある話しと言っては何ですが、あなたにはその点に心当たりはあるのですか?」

弁護士は顎に手を添えながら身を乗り出してきた。

「身に覚えはないのですが、先生もおわかりのとおり当社は木材という「生物」を扱っておりますので、虫害やカビといった問題が生じることは避けられません。ただこういった問題は大抵はそれが生じた時点で客先からクレームが来るものですし、こうした場合は当社が欠陥のない製品と交換することで大体解決していたのです。それが、、」
弁解めいた話をすることに躊躇を覚えたが、弁護士の真剣な眼差しを信じて全て洗いざらい話してしまおうとA氏は思った。

「突然、客先から損害賠償だと言われたのですね。製品については検収は当然終わっているわけでしょう?ところで、その客先は御社の資金繰りがぎりぎりだったということはご存じでしたか?」

「検収は終わっており、書面をいただいています。だから安心していたのですが、、こんなことになってしまって、、。資金繰りについてははっきりとは説明していませんが、狭い業界なので、、。以前前払いなども求めたことがあるので、あまりうまくいっていないのかな、位の認識はあったと思います」

「客先の意向はわかりませんがね。結果としてですが、先方としても資金繰りがうまくいっていないリスクの高い会社との取引を停止できたわけですね。
それはともかくとして、先方から送られてきた通知を見せて頂けますか?」

A氏は鞄からホチキス止めされた書面を探し出し、弁護士に渡した。

「なるほどね。住宅の施主から損害賠償の訴訟が起こされたと。この裁判は続いているわけですか。となると、御社に対する最終的な損害賠償額がはっきりするのはもう少し後になりそうですね。うーん。」
弁護士は少し考え込むような表情を見せた。「この客先に対する売掛金はおおよそ幾らくらいなんですか?」

「1月15日に1000万円を受け取る予定でした。それがないと、月末に買掛金を支払うことができません。」

A氏は覚悟を決めて資金繰りが月末にはショートする可能性が高いことを説明した。

「客先とは話をしましたよね。例えば一部は払うとか、取引は今後も継続すると言った話はなかったんですよね」
「何度も話をしました。大きな会社なので、担当者レベルでは埒があかなくて、、。」
A氏は弁護士の意に添えない回答をしたのではないかと思い、不安に思った。

「それでいいんです。つまり、上司に掛け合っている余裕はないことははっきりしていますね」
弁護士は意外にも満足そうな顔を見せた。

「そうです。月末には間に合いません。」ここまで話してA氏は、弁護士はミナト木材加工株式会社の手続の方向性について聞いているんだなということが分かった。

「つまり先生は、当社について破産をすべきかどうかを考えていらっしゃるんですか?」

「一つの可能性としてはね。ただそれよりも大事なのは、前提問題で、月末の支払を乗り切れるかということです。損害賠償請求をしている客先との間で和解の可能性はあるか。和解の余地があるとして交渉にはどれくらい時間が掛かると予想されるか。月末の支払について賃金などの最優先の債務を除いた残額はどれくらいあるか。待ってもらえる債権者はいるか。といった事情をお伺いしながら、まず当面の資金繰りのピンチを乗り切れるかを考える。その上で、将来に向けての再生可能性についても考えます。例えば翌月以降の資金繰りなどね。
「こうした話をお伺いして、仮に会社に再生の余地があると考えたとしたら、次に社長ご自身のお人柄とのマッチングを考えたりします。つまり茨の道を乗り切れるだけのやる気と熱意があるか、といったところですね。」
「ただ今までのお話しをお伺いする限りですが、大口の客先から取引停止と共に代金支払いを止められてしまう。そして話し合いの成果が上がっておらず、最終的な解決には時間が掛かりそうだ。という事実を総合すると、会社の再生を進めるだけの時間的な余裕がないようにも感じます。国税の調査も入っているということも勘案すると、一つの可能性として破産も一つの選択肢に上がってくることは否定できませんね。」

破産という言葉が弁護士の口から出てきた瞬間、A氏の背筋は凍り付いた。
「やはり破産ですか、私はどうなってしまうんでしょう。」

「まずあなたが破産を恐れるのは当然のことです。愉快な言葉ではないことは確かです。
ただ。」

「ただ?」

「あなたの恐れは「お化け」を恐れることと似ています。つまり「得体が知れない」から怖いというものですね。あなたには情報が少なすぎるのです。情報が少なすぎるから、あなたは自分の将来がどうなるかわからず、不安になるのですよ。」

「でも、破産って戸籍にのるんですよね」

「なるほど、戸籍に乗ったらやっぱり嫌だよね。でもほらこれだって間違った情報ですよ。そもそも今話に上っているのは会社の破産であって、あなたの破産ではありません。私はあなたが会社の連帯保証人になっているとか、多重債務を負っているといった事情は伺っておりませんので、あなた自身の破産はまだ検討段階にはありません。それにそもそもあなたが破産したからといって、戸籍謄本に載ると言ったことはありません。つまりこんな感じで間違った情報や分からない情報が多いこと、そのことが人々の不安を駆り立てるわけですね。」
(次回に続く)


(これからお話しするストーリーは手続を説明するためのフィクションであり、「ミナト木材加工株式会社」も特定の会社を想定したものではありません)
イントロダクション
A氏の場合①

A氏の場合②

A氏の場合③

A氏の場合④

5 会社に関心をもつ意味って?

相談日当日、A氏は決算書、借入を明らかにするための書類、預金通帳、登記簿謄本など、弁護士から指示された資料を携えて事務所に向かった。

緊張の面持ちでインターホンを鳴らすと、おそらく事務員と思われる女性が、
「お待ちしておりました。どうぞお入り下さい」
との声と共に扉を開けてくれた。

多少緊張がほぐれたA氏は、その女性とたわいもない話をしながら、相談室の椅子に座り、出されたお茶をすすりながら弁護士が入ってくるのを待った。
遠くの方で男性の声がしていたが、その声が止むと暫くして、少し大柄の弁護士が心持ち笑みをたたえながら相談室に入ってきた。
怒られることはないとは思っていたが、さりとて愉快な話をするわけでもないので、A氏は若干拍子抜けした。

名刺を交換し、軽く自己紹介をした後、弁護士は、おもむろに

「さあ、どこからお話しをうかがいましょうか?僕はまだ事情のさわりしか聞いていないのでね。
それではまず手始めに御社がどんな会社なのかについて教えていただけますか」
といいながら、A氏の顔を見た。

「まだ本題には入らないのか・・緊張をほぐすためかな」

とA氏は思ったが、弁護士は笑みを見せながらも真剣な様子なので、ミナト木材加工株式会社が歴史ある会社であること、自分が3代目の社長であること、主たる営業は木材加工だが、昨今は海外の工場との関係で価格競争力が落ちていること、などについて一気に話した。

弁護士は、少し身体を前に乗り出し気味にしながら、
「横浜で昔から木材の加工をやっていたというのは、何か事情でもあったんですか。例えば船の建造で使う木材を加工していたとか・・」
と、ミナト木材加工株式会社の成り立ちに興味を示してきたので、A氏は、

「もともと横浜には東京の木場と同じような貯木場があったんです。それで、私の先々代の社長が貯木場に近い磯子の地で木材を加工する事業を始めた、というわけです。
当時は貯木場の近くにいくつか造船所があったそうで、私どもの会社も木材を
加工して卸したりしていたようですが、今はそういった造船所もなくなりましたので、今では専ら建築資材や家具の材料などを製造しています。」
と話した。

「確かに今漁船などもFRP船だしね。で工場は磯子のどこにあるの?」

あまりに会社のことを細かく聞くので、A氏は、
「私の会社に関心をもっていただくのはとても光栄なのですが、随分マニアックなことまで聞いてきますね。どうしてですか?」
と弁護士に質問した。

これに対し、弁護士は、
「いやあ。僕は、ものを作る話や商売の話を聞くのが好きなのでね。失礼しました。
ただ、今日は会社をこれからどうしていくのか、について話を聞きに来たんでしょう?
それなら、まず最初にその会社のことを知らなければならないよね。まず、あなたの会社に関心を持てるか、そこが大事だと思うんですよ。」

A氏は、ようやく意味を理解し、その後は弁護士と日本や海外の木材事業を巡る話に花を咲かせた。
次回に続く